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Explorez tous les épisodes du podcast PLENUS RICE TO BE HERE

Plongez dans la liste complète des épisodes de PLENUS RICE TO BE HERE. Chaque épisode est catalogué accompagné de descriptions détaillées, ce qui facilite la recherche et l'exploration de sujets spécifiques. Suivez tous les épisodes de votre podcast préféré et ne manquez aucun contenu pertinent.

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EP. 622『@嬉野・多久・武雄 、其ノ一 - 嬉野温泉でお茶、うれしいの』25 mai 202600:08:53

嬉野へは、博多から特急リレーかもめを乗り継いで、西九州新幹線に乗れば東京からでも午後には到着できます。塩田川が流れ、歩いているだけで心がほどけていくような場所です。観光とは、その土地の“光”を見つけ、学ばせてもらうこと。そんな言葉がぴったりの町だと感じます。嬉野温泉は日本三大美肌の湯のひとつで、歴史も古く、さらに580年以上続く嬉野茶の産地としても有名です。茶畑や森、大村湾を眺めながらお茶を味わうティーツーリズムも魅力ですね。そして、お茶に合うのが橋爪菓子舗のどら焼きや名物のまんまるカステラ。藤井聡太さんがお茶菓子に選んだことでも知られ、温泉とお茶とお菓子、その全部が嬉野の魅力を感じさせてくれます。

EP. 621『@伊万里 、其ノ四 - メインは伊万里牛に青磁、長春』21 mai 202600:08:53

伊万里のメインディッシュは、伊万里牛です。但馬牛の血統を受け継ぐ伊万里牛は、地元の固有の土地と牧草で育てられることで、他の銘柄牛とは異なる独特の美味しさを生み出しています。外国人からも絶賛されるほどの逸品です。このおいしい伊万里牛を盛るにふさわしい器が、伊万里焼の最高峰である鍋島です。佐賀鍋島藩の秘窯「大川内山」で作られてきた鍋島は、江戸時代には将軍家や諸大名にのみ献上される特別な陶磁器でした。色鍋島、鍋島染付、そして青磁の三種類があり、中でも九代長春による青磁は、濃い水色の神秘的な光沢で伊万里の四季折々の自然の美しさを表現しています。美味しさは舌の上だけで味わうものではありません。伊万里牛の美味しさと、それを盛る青磁の芸術性が一体となることで、総合的な美食体験が実現します。食卓に彩りと深みをもたらす、伊万里ならではの文化を堪能できるのです。

EP. 620『@伊万里 、其ノ三 - デザートに伊万里フルーツ』20 mai 202600:08:55

佐賀は南国で豊かな土地であり、佐賀の人々は非常に徹底した性質を持っています。商売では利を取り切り、交渉では甘さがなく、行動力に優れながらも倹約や合理性を徹底しているのが佐賀人の特徴です。しぶとい性質を持ちながらも、つらい顔を見せず、ニコニコ笑顔で対応するあっさりした気質が魅力です。

伊万里は、東松浦半島と北松浦半島の付け根に位置する地政学的に興味深い場所で、両半島から流れてきた文化を吸収する地点です。古くからフルーツ王国として知られ、伊万里梨は手のひらサイズの小さな梨で、水分豊富で原種の特性を残しています。薄皮のキンカンは種がなく、そのまま食べられる珍しい品種です。また、芯まで真っ赤な「イチゴさん」というブランドが大人気で、フルーツ狩りができるスポットも多数あります。


EP. 619『@伊万里 、其ノ二 - いりこ出汁うどん』19 mai 202600:08:55

佐賀県伊万里地域は、古くから豊かな自然と文化で知られています。伊万里湾はリアス式海岸で、潮が東から西へ雷のような音を立てて湧き上がる壮観な現象が見られます。この地で古伊万里焼や有田焼などの陶磁器が生まれ、現在ではジャポニズムの影響で世界中で高い人気を集めています。

伊万里の食文化も独特です。地元ではいりこ出汁が主流で、カタクチイワシやマイワシが豊富に獲れます。また、佐賀は良質な小麦の産地であり、「春風ふわり」という品種で作られたうどんは、いりこ出汁との相性が抜群です。伊万里川沿いには、夫婦円満や長寿を象徴する大きな陶磁器の置物が並んでおり、町を散歩しながらこれらの縁起物を楽しむことができます。歴史と食、工芸が融合した伊万里は、訪れる価値のある魅力的な地域です。


EP. 618『@伊万里 、其ノ一 - 伊万里、味の車海老』18 mai 202600:08:54

伊万里へ行くなら、東京からは福岡空港が便利です。レンタカーで1時間20分ほど走ると、海と山に囲まれた独特の景色に出会えます。まるで中国の山水画のような風景や、小さな島々が浮かぶ静かな湾が広がっていて、昔はここから伊万里焼がヨーロッパへ輸出されていました。台風の影響を受けにくい天然の良港だったそうです。さらに伊万里湾では車エビの養殖も盛んで、植物性プランクトンが豊富な海で育った車エビは絶品。最近は「プロトン凍結」という特殊な冷凍技術も使われていて、解凍してもまるで生のようなおいしさなんだとか。地元の方も「伊勢海老より車エビ」と太鼓判を押していました。

EP. 617『@指定野菜 、其ノ四 - 浜松の風に負けずと巻くキャベツ』14 mai 202600:08:55

浜松を訪れ、春キャベツの美味しさとその背景にある風土を体感しました。キャベツは餃子などに使われるものの主役にはなりにくく、指定野菜の多くも同様に目立たず食生活を支える存在です。浜松から渥美半島にかけてはキャベツ畑が広がり、強い風の中で育つ環境が特徴です。キャベツが丸く巻くのは「結球」という性質と風の影響によるもので、葉が傷むのを防ぎ水分を保つため、内側へと重なっていきます。その形は外圧に耐えながら生きる知恵でもあります。春キャベツは柔らかく甘く、冬のものは火を通すと深い甘みが出ます。また、層を重ねた構造は、剥いても核心が現れないものの象徴とも言えます。キャベツは主張せずとも常に寄り添い、食卓を支える存在であると実感しました。

EP. 616『@指定野菜 、其ノ三 - 大根には日本に大きく根ざす理由がある』13 mai 202600:08:54

軽井沢の澄んだ空気には、身を引き締めるような厳しさがあり、その雰囲気に合うのが辛味大根を添えたそばです。小ぶりな辛味大根は、すりおろすと鋭い辛さで人を目覚めさせる力を持ちます。一方で、日本各地には多様な大根が存在します。鹿児島の巨大な桜島大根、北海道で夏に出荷されるみずみずしい青首大根、東京・練馬の水分が少なく硬い練馬大根など、それぞれ気候や土壌に応じた特徴があります。青首大根はサラダに、練馬大根は煮物やたくあんに適しています。大根は地域ごとに食べ方を変えながら、日本人の食生活に根付いてきました。夏はサラダ、冬は煮物と四季を通じて味わえる身近な食材であり、その力強さは人の内面の成長にも通じるものがあります。

EP. 615『@指定野菜 、其ノ二 - 馬鈴薯、カランコロン、じゃがいもと北海道 』12 mai 202600:08:54

国が指定している「指定野菜」。これは日本人の食生活を支える重要な野菜を安定供給するための制度で、現在は15品目が指定されていて、今回のテーマ「じゃがいも」も含まれています。北海道・帯広の広大な畑で育つじゃがいもは、寒冷な気候と広い土地、さらに開拓期の奨励政策によって発展しました。南米アンデス原産のじゃがいもは寒さに強く、開拓者たちの重要な食料となり、現在では北海道が全国生産の8割以上を担っています。また、豆や小麦などと組み合わせた体系により土壌が保たれ、安定生産が可能になりました。じゃがいもは単なる野菜ではなく、政策や歴史、風土に支えられた存在です。煮物やカレー、ポテトサラダなど家庭料理に欠かせない食材であり、その味は私たちに温かい家庭の記憶と幸福感をもたらしてくれます。

EP. 614『@指定野菜 、其ノ一 - 高知でキュウリ、河童になろう 』11 mai 202600:08:54

国の指定野菜でもある「きゅうり」をテーマにしたお話です。高知へ向かう途中、海が見えた瞬間に空気がふっと変わり、甘くて湿り気のある南国らしさを感じます。この水の豊かさこそが、野菜のおいしさを支えているんですね。きゅうりは奈良・平安の頃には「コカ」と呼ばれ、当時は黄色く完熟するまで待って食べていました。それが江戸末期から明治にかけて、青く若いうちに食べる今のスタイルへと変わります。戦後はサラダ文化の広がりとともに身近な存在となり、1960年代には国の指定野菜に。安定供給され、食卓に欠かせない野菜になりました。食べ方もさまざまで、その瑞々しさが魅力です。

EP. 613『@當麻 、其ノ一 - よもぎは祈りのにおいがする 』07 mai 202600:08:54

奈良県の當麻(たいま)に行ってきました。當麻の名物、よもぎ餅「中将餅」を食べに朝早く向かったのですが、お店の前はもうすでに人でいっばいでした。売り切り御免の中将餅は、よもぎが搗き込まれた餅の上に、餡を控えめにのせたもの。なんといっても、食べた瞬間、お店が独自の畑で栽培しているというよもぎの香りが立ちのぼります。甘さよりもまずやってくるのは「野のにおい」です。名物というものは店先で完結していると思われがちですが、店の奥に見える畑から、本当はそうじゃないことに気がつきます。「當麻寺」を訪ねると中将姫が一晩で作り上げたと言われる「曼荼羅」も残っています。人はときどきことはそのものよりも、言葉が生まれる前の気配にうたれることがあります。當麻はそういう場所なのではないかと思います。

EP. 612『@法隆寺 、其ノ三 - 茶粥、奈良漬け、法隆寺 』30 avr. 202600:08:54

奈良・斑鳩の地に佇む法隆寺。世界最古の木造建築として知られていますが、その価値は「古さ」だけでは語りきれません。アーネスト・フェノロサのような存在が、日本の美を見出し、外へと開いていきました。その結果、法隆寺は1993年、日本で初めて世界遺産に登録されるに至ります。日常の中では気づきにくい価値。それは食にも通じます。奈良の朝にいただく「茶がゆ」は、静かで素朴な味わい。

そこに奈良漬けの強い香りと塩気が加わることで、「おいしさ」が際立ちます。対照的なものが並ぶことで、はじめて見えてくる本質。法隆寺の美も、奈良の食も、その“バランス”の中で、今へと受け継がれています。

EP. 611『@法隆寺 、其ノ二 - 柿と鐘と小さな沈黙』28 avr. 202600:08:55

法隆寺に行ってみるとガラーンとしていました。 日本を代表する古いお寺です。でも、圧倒される感じを受けたり、感動することもありません。あって当たり前という感じでした。奈良市内から40分。法隆寺に近づくにつれ、なぜか言葉も少なくなって、喋らなくてもいいんじゃないかという気持ちになってきました。その道すがら「柿の葉寿司」を食べました。握った時の柿の葉のザラザラした感じが、法隆寺の乾いた空気と合っています。そして、食べるためになんの説明もいらない。東京や都会では、さまざまな成分などの説明を読んでから安心して食べたりしますが法隆寺ではいらない。これこそが、日本の心の故郷である法隆寺の強みです。だから、たまに奈良に行くと、都会で働く元気のもとになるのではないかと思いました。おいしいものを食べた時の

「沈黙」を味わうために。


EP. 610『@法隆寺 、其ノ一 - 聖徳太子、蘇と鰯』27 avr. 202600:08:54

奈良市内から法隆寺までは車で40分ほど。着いてみると、やっぱり特別な場所で、壮大なのにまったく威張っていない。古いのに、どこか軽やかで、余計なものが削ぎ落とされて、祈りだけがすっと立っている、そんな感じがしました。この寺を築いた聖徳太子が、どんなものを食べていたのか、ふと考えたんです。ひとつは、中国大陸から渡って来た「蘇(そ)」、牛乳を煮詰めたチーズのようなもの。もうひとつは、あくまで私の想像ですが、昔から日本にある「鰯(イワシ)。新しく入ってきたものが「蘇」で、古くからあるものが「鰯(いわし)」と考えると、その両方を大事にすることは、聖徳太子の「和を以て貴しとなす」という言葉に、つながっているのではないでしょうか。そして夢殿。八角形でどこが正面かわからない、そんな建物にも太子の“和”の思想が広がっている気がしました。

EP. 609『@奈良 、其ノ四 - 春、山、笑うが如し、ブロッコリー』23 avr. 202600:08:54

今年の春のお彼岸は3月20日、最近は春分の日という言い方が一般的ですが、奈良ではやはりお彼岸という言葉に特別な意味を感じます。奈良七大寺に代表されるように、古くから仏教の教えが息づく土地で、「彼岸へ向かう」という感覚が自然とあります。「山笑う」という季語の通り、若草山もにっこり微笑むような春の表情でした。 そんな中いただいたのが、和牛のステーキにブロッコリーとわさびのピュレ、さらに奈良のお味噌や醤油にマルサラ酒を合わせたソース。実はブロッコリー、2026年4月から国の指定野菜になりましたが、一番おいしいのは冬の終わりから春先。寒さの中で育ったものは旨みがぎゅっと詰まっています。マルサラ酒はイタリア・シチリアの酒精強化ワインで、コクのある甘みが特徴。お肉にもよく合います。 奈良はシルクロードの東の終点とも言われ、正倉院にはペルシャや中国の影響を受けた品が残っています。今回訪れた「シルクロード」という名のレストランでも、そんな歴史のつながりを感じる味に出会えました。

EP. 608『@奈良 、其ノ三 - 奈良で頂くしらす丼』22 avr. 202600:08:55

ホテルで窓から景色を見ていると、部屋に案内してくれた若い男性が、一山向こうが和歌山、

そして三重にも近いことを教えてくれました。ホテルの近くの日本料理の店に行ったら、隣の和歌山にも近いということを感じさせてくれる、驚きのものを食べさせてくれました。和歌山の磯間港でとれた「しらす」をのせた「しらす丼」です。伝統の小曳網漁(こびきあみりょう)で傷つけないように取られた磯間のしらすは「飲めるしらす」と表現できるほどです。奈良県葛城市で収穫したお米にたっぷりのしらす。そしておいしいたまごの黄身。「奈良にうまいものなし」と言ったのは志賀直哉でしたが、とんでもない。おいしいものがたくさんあります。

EP. 607『@奈良 、其ノ二 - 奈良野菜マナ、にお月様』21 avr. 202600:08:55

奈良で泊まりたかったところに泊まってきました。奈良市役所の目の前、1300年ほど前、奈良時代に長屋王が住んでいたところです。本来なら天皇になっていたかもしれない方です。なんだかその場所に立つと急に身近に感じられました。そこで、長屋王と同時代に生きた阿倍仲麻呂も思い出しました。遣唐使として長安へ渡り、望郷の念を抱えたまま異国の地でなくなった仲麻呂。「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」仲麻呂の故郷・奈良を想って詠んだ歌も声に出してみました。

そして彼らが食べたであろうものを食べました。奈良の「マナ」という野菜です。時を超えて1300年の昔を感じること。自分の原点を感じることができます。仲麻呂が観た月を観るように、奈良を訪れるのは満月の時がいいかもしれません。

EP. 606『@奈良 、其ノ一 - 行法味噌、奈良、お水取り』20 avr. 202600:08:55

奈良を訪ねて、春を呼ぶ行事・お水取りと、その背景にある食のかたちを見てきました。ちょうど時期が重なり、奈良国立博物館での特別展も訪問。東大寺二月堂のお水取りは、人々の無事や再生を祈る大切な行事です。博物館の展示の中で特に印象的だったのが、僧侶たちの食事の献立です。江戸時代の資料なんですが、今もほとんど変わらず、とても質素。ご飯に味噌汁、少しの煮物。でもそのシンプルさが、二週間の厳しい修行を支えているんだと感じました。余計なものを削ぎ落として、体と心を整える――その食そのものが修行なんですね。実際にその行法味噌もいただいたんですが、派手さはないのに、じんわり体に染みてくる味。まるで心に小さな火を灯すようでした。奈良の食も、祈りを静かに支えているんだと思います。

EP. 605『@浜松・掛川 、其ノ四 - 食用ホオズキ、おいしー!』16 avr. 202600:08:54

浜松で出会ったのは、食用のほうずき。口に含むと、蜂蜜と塩が溶け合ったような、まるでマンゴーのような甘さが広がります。もともと薬として用いられてきたほうずきは、近年、浜松を中心に食材として新たな価値を見出されています。日照時間の長い土地と、料理人の工夫によって、熟成させた実を丁寧に仕立てることで、まったく新しい味覚が生まれました。薬から食へ。ほうずきは、自由な発想によって新しい価値を得ました。

浜松の風の中で生まれた一粒には、 “おいしさの可能性”が詰まっています。

EP. 604『@浜松・掛川 、其ノ三 - 御茶さえみどり』15 avr. 202600:08:55

夏も近づく八十八夜。今年は5月2日です。この頃になると、鮮やかな黄緑の新芽が芽吹き、それる摘み取る茶摘みが茶どころ掛川でも始まります。掛川のお茶で最も有名なのは「やぶきた」という品種。明治41年、在来種の一部に、おいしいお茶があることを発見した茶農家の杉山彦三郎に名付けられました。「やぶの北に生えていたから」というのが理由でした。掛川では「茶草場農法」という伝統的な農法で作られ、希少な生物の隠れ家としても機能しています。中でも「さえみどり」は新芽の香りが際立つ品種で、「天葉(あまね)」というブランドで管理されています。美味しい和食や和菓子の後に、また慌ただしい日常の中で、掛川のお茶をいただくと心が落ち着くのではないでしょうか。

EP. 603『@浜松・掛川 、其ノ二 - ふぐ、遠州灘』14 avr. 202600:08:56

浜松でも希少でめったに食べられないものを2つ食べることができました。

ひとつは浜松の南側に広がる遠州灘の「ふぐ」。全国有数の天然のふぐの産地と言われますが、「延縄漁(はえなわりょう)」で1尾ずつ丁寧に釣り上げられるふぐは、傷がついていず、旨味も損なわれていません。その白子のふわふわした味わいは絶品でした。そしてもうひとつ、こちらは本当に希少な「浜根トリュフ」というきのこ。海岸の松林に生えていると言います。パチンコ玉くらいの小さいトリュフで、昔は「干松露(ほししょうろ)」言われ地元ではお馴染みだったものですが、今ではすっかり見かけなくなった「幻のきのこ」と言われています。こうした「行ってみないと食べられないもの」というのは、やっぱりすごいなと思います。

EP. 602『@浜松・掛川 、其ノ一 - うなぎ、浜松、ぶどう山椒』13 avr. 202600:08:55

月曜日はやっぱり浜松名物、うなぎです。浜名湖のうなぎって有名ですよね。で、うなぎって“ふかふか派”か“カリカリ派”かで好みが分かれるんですが、浜松あたりはちょうどその境目。お店によって焼き方が違うのも楽しみなんです。今回入ったお店はカリッカリの地焼き。そこに浜松・春野町の“ぶどう山椒”をかけると、柑橘っぽい爽やかな香りがふわっと広がって、これがまた絶品。さらに浜名湖産のハマグリのお吸い物や、自家製のなら漬けも付いてきて、これもまた美味しいんです。浜松にはうなぎ屋さんが100軒以上あるとも言われていて、食べ比べも楽しみのひとつ。実は浜名湖は日本最大の汽水湖で、ここでうなぎの養殖が始まったのが明治時代。そんな歴史ある場所で味わう「うなぎ」は、また格別なんですよ。

EP. 601『@袋井市 、其ノ四 - チンゲンサイ・空心菜・スーラータンメン』09 avr. 202600:08:54

スーパーの野菜売り場で、どこか心を和ませてくれる、青梗菜。やわらかな葉とシャキシャキした茎、その穏やかな佇まいは、まるで鳩のようなやさしさを感じさせます。静岡県袋井市は、日照時間の長さと豊かな水に恵まれた青梗菜の名産地。青=緑の葉、梗=しっかりとした茎という名前の通り、その食感と味わいは、土地の力をそのまま映し出しています。一方で、同じくシャキシャキとした食感が魅力の空心菜は、中が空洞になった軽やかな食べ心地で、いくらでも食べられてしまう不思議な魅力を持っています。青梗菜のやさしさ、空心菜の軽やかさ。そのあとにいただく一杯のスーラータンメン。シャキシャキとした食感と酸味が、体と心を整え、午後への力を与えてくれます。

EP. 600『@袋井市 、其ノ三 - おいしいお米、きぬむすめ』08 avr. 202600:08:55

その土地のお水がおいしくないとおいしいお米はできません。袋井市も水に恵まれ「きぬむすめ」というおいしいお米が穫れるところです。一方、水が豊富にあるということは、恵みである反面、害もあります。袋井は歴史的に何度も水害にあっている場所でもあります。特に1860年の台風による高波では甚大な被害を受けました。その被害を受けて、先人たちは、街の中央に緊急避難場所になるよう「山」を作りました。

それは「命山(いのちやま)」と呼ばれています。当時作られたものが残っています。また、2011年の東日本大震災を契機に「平成の命山」も整備しました。命があるからこそのおいしいお米だと実感することができます。

EP. 599『@袋井市 、其ノ二 - マスクメロンは麝香の香り』07 avr. 202600:08:55

「マスクメロン」のマスク、実はかぶるマスクのマスクではありません。MUSK。つまり「麝香(じゃこう)」のことなんです。イギリスから日本に入ってきたマスクメロン。英国人が「MUSK」をマスクと発音していたこと、そしてマスクメロンの香りが「麝香」に似ていたことからこの名になったんだそうです。袋井市はマスクメロンの名産地です。「静岡クラウンメロン」は品質の高さが日本でも有数と言われています。一本の茎にたった一つの実にして育てる栽培法で、おいしくみずみずしいマスクメロンの中でも超特級品です。甘くてとろっとしていますが、ちょっと粉っぽいという独特の味。これが良いんです。可能ならジャコウジカの腹部から採られるという「麝香」の香りを嗅いでから、この「クラウンメロン」の香りを比べてみてください。

EP. 598『@袋井市 、其ノ一 - たまごふわふわ、袋井宿』06 avr. 202600:08:55

今週は静岡県袋井市のお話。今日は、江戸時代から伝わる料理「たまごふわふわ」のお話。袋井駅前には正岡子規の句碑もあり、風情ある町です。駅近くの寿司店「山梨屋」では、この名物が味わえます。開店前から人が並ぶ人気で、注文して20分ほどで登場。お椀からこんもり盛り上がるメレンゲ状の卵が出汁にのり、上にはセリが添えられています。ふわっと軽い口当たりながら、とても熱く、思わず「あつっ」となる一品です。この料理は江戸時代の「仙台下向日記」にも登場し、東海道の中間に位置する宿場・袋井で旅人を癒してきました。ご飯や味噌汁とともに出される、ほっとする味です。子規の句にも通じるやわらかな空気の中で、ぜひ味わってみてください。

EP. 597『@おいしさ、磨く 、其ノ四 - 磨くおいしさ』02 avr. 202600:08:55

お米は磨くことでお酒へと姿を変えます。外側を削り落とし、中心の澱粉質を引き出すことで、その価値は一段と高まる。“磨く”という行為は、時間と手間をかけて、本質を際立たせることなのかもしれません。その考え方は、身近な食材にも通じています。人参は外側に甘みが蓄えられ、大根は部位によって味わいが異なる。どこに旨みがあるのかを知り、使い方を工夫することで、同じ一本の野菜でも味は大きく変わります。春を迎え、新しい季節のはじまり。自分自身を磨くように、味覚もまた磨いていきましょう。

EP. 596『@おいしさ、磨く 、其ノ三 - 北海道・遠別町のお米と沖縄・石垣島のお米』01 avr. 202600:08:54

日本の南・石垣島では今ごろ、稲の田んぼは一面緑色です。1月に植えた苗を5月中旬に収穫します。超早場米と呼ばれ、日本で一番早くお米が実る場所です。一方、日本の水稲栽培の「北限」である、北海道遠別町では、田植えは5月の末から6月の初め。刈入れは9月末から10月初旬に行われます。作るお米も石垣島は一般的な「うるち米」、遠別町は「もち米」。お米はせんべい、上新粉、赤飯、餅といろんなものに形を変えて味を調合していくことができます。日本のお米は、南の石垣島から、北の遠別町まで、沢山の種類がそれぞれの地域で作られています。日本全国の味をひとつひとつ味わってみると、その土地が持っている味が感じられるのではないでしょうか。

EP. 595『@おいしさ、磨く 、其ノ二 - 「おいしさ」の背景、磁器と陶器』31 mars 202600:08:55

先日、石川県加賀市で、かつての教え子にお願いして講演会を開きました。

書家の彼は、一緒に行ったお寿司屋さんで出されたお刺身がのった「九谷焼」のお皿を見て、こんなことを言いました。「なんとお刺身の映えるお皿でしょう」と。この時「器は味を変えている」と思いました。着るものによって人が変わるように。日本には磁器の文化と陶器の文化があります。磁器は冷えやすく温度がすぐに変わるので、冷菜や酢の物、お刺身などに向いています。陶器は熱を抱えてゆっくり温度を下げるので、煮物や汁物など優しく温かさを届けてくれます。SNSなどの写真を眺める時、どういう器に盛り付けられているのかなどを注意してみるのも楽しいです。味の世界、器の世界は無限の組み合わせが可能です。この組み合わせを楽しむのも新しい料理の楽しみ方です。

EP. 594『@おいしさ、磨く 、其ノ一 - ちゃんぽん、混ぜて出てくる新しい味』30 mars 202600:08:53

ちゃんぽんという言葉は、「混ぜる・混合する」という意味があります。今でも長崎では「何でもちゃんぽんにすればよかたい」といった言い方が残っています。組み合わせによって味の方向が決まります。ローリエを入れればフレンチ風、トマトならイタリアン、だしや味噌なら和風といった具合です。最近はその手助けをしてくれるのがAIです。冷蔵庫にある食材を伝えると、和風・洋風などの提案をしてくれて、料理の幅が広がる。特に年配の方から「料理が楽しくなった」という声も増えています。長崎の丸山にある「花月」では、幕末の志士たちが卓袱料理を囲みました。和洋中が一つのテーブルに並び、皆で分け合うそのスタイルは、まさに“ちゃんぽん”。異なるものを混ぜることで新しい価値が生まれる。その発想は、これからの季節、新しい一歩を踏み出すヒントにもなりそうです。

EP. 593『@丸の内 、其ノ四 - 完璧なコンソメ』26 mars 202600:09:16

東京・丸の内といえば、老舗の社交場「東京會舘」。そして東京會舘といえば、名物のコンソメスープです。スーパーで見かける顆粒のコンソメとは違い、本来のコンソメは、牛肉や鶏肉のブイヨンにさらに肉や野菜、卵白を加え、丁寧に澄ませて作る琥珀色のスープ。東京會舘では、このスープを完成させるのに三日間をかけます。ブイヨンを作り、素材を加えて煮込み、布でこして澄ませる。その工程を繰り返しながら、余分な脂や雑味を取り除き、素材の味が完全に調和した一杯へと仕上げていくのです。丸の内で味わう一杯のコンソメ。その言葉の意味を知って飲めば、なぜ人がここに集まり、共に食事をするのか。その理由まで、伝わってくるかもしれません。

EP. 592『@丸の内 、其ノ三 - ステーキ、素敵なスカーレット』25 mars 202600:08:56

千代田区丸の内には1丁目から3丁目までありますが、何世帯何人のかたが暮らされているかご存知ですか? ちょっと驚くかもしれません。この丸の内の名前がついた地下鉄「丸ノ内線」(地下鉄はカタカナの「ノ」)の「赤い色」。英語では「スカーレット」と呼ばれる赤。なぜこの色になったのか?

そしてスカーレットの赤は、厚切りのフィレミニヨンの柔らかな赤身もイメージさせて、ステーキを食べたくなります。さらにこの赤は、シャーロック・ホームズが初登場した名作「緋色の研究」(原題「A Study In Scarlet」)も思い出させます。コナン・ドイルは「スカーレット」に、シャーロック・ホームズの「熱い探究心」をタイトルに込めたと言われています。丸の内を起点にして次々とイメージされたことで、「丸の内」は探究心を刺激する場所になっています。


EP. 591『@丸の内 、其ノ二 - KITTE、フリッツ地球儀、平和』24 mars 202600:09:18

フライドポテトで、世界で最も有名な国はベルギーだと思います。このベルキーと丸の内はつながっています。そのつながりを持つ場所が「KITTE」という商業施設です。その2,3階には「インターメディアテク」という博物館があり、そこにはベルギーから送られた「色のない地球儀」が展示されています。なぜ色がつけられていないのか? そこには第一次大戦という戦火の中、日本とベルギーが築き上げてきた友好の物語がありました。まだ明確な色分けされていない地球儀を見ると「平和への願い」がこめられていたような気がします。世界中にどこにでもある「フライドポテト」が平和につながる言葉になるといいなと思います。

EP. 590『@丸の内 、其ノ一 - 東京・丸の内 東京ステーションホテル』23 mars 202600:08:54

東京ステーションホテルのお話です。山手線や中央線、丸ノ内線などたくさんの路線が集まる東京駅、その上に泊まれるのがこのクラシックホテル。1915年開業で、今も生きる文化遺産と呼ばれています。ホテル内のバー&カフェ〈カメリア〉でいただくビーフシチューは、どこか昭和の家庭を思わせるような、温かくて懐かしい味です。そこで出会った三姉妹の方々、1年に一度ここで集まって、近況を語り合うのが楽しみなんだそうです。そして、着物を着て東銀座の歌舞伎座へ向かう、その時間も含めて大切な思い出になっているんですね。ご両親との思い出もこの場所に重なっていて、ここに来ると自然と心がほどけていく。全国から人が集まり、また帰ってきたくなる――東京の真ん中にある、そんなあたたかな居場所です。


プレナスからイベントのお知らせです。

「お米のひみつ、親子で学んでみませんか?」 4月5日(日) 東京のプレナス茅場町オフィスで

『親子で学ぶ!お米のワークショップ』を開催します。 お米の収穫や品種の違いを学びながら、4種類のお米の食べ比べも体験できます。 参加は無料。ご応募は、プレナスの公式ホームページのニュースリリースからどうぞ。ぜひ、ご参加ください。     

https://0405okome.hp.peraichi.com/

EP. 589『@群馬 、其ノ四 - 八ツ場ダムカレー』19 mars 202600:08:54

利根川流域には「ダムカレー」と呼ばれるユニークな料理があります。その背景には、日本の歴史を大きく変えた“川の流れ”の物語があります。徳川家康は、群馬の山々を源に関東平野を流れる利根川の流路を変える大工事を行いました。かつて江戸湾へ注いでいた川を、渡良瀬川や鬼怒川と結び、現在のように千葉・銚子へ流すように変えたのです。そして戦後、利根川に上流に建設された数々のダムです。その一つ、群馬県長野原町の八ッ場ダム。近くの「八ッ場ふるさと館」の食堂では、名物のカツダムカレーがいただけます。ご飯をダムの堤体に見立て、その向こう側にカレーを流し込む。カツが堤防のように置かれたユニークな一皿です。川の流れを変えた歴史、そしてダムが生み出す現代の暮らし。そのことを、ひと皿のカレーが楽しく教えてくれます。

EP. 588『@群馬 、其ノ三 - 安中、遠足、力持ちうどん』18 mars 202600:08:55

群馬県安中市は、アテネで近代オリンピックが開かれる41年も前に、「マラソン大会」が開かれていました。1855年(安政2年)、ペリー来航の2年後のことです。当時の安中藩主・板倉勝明が藩士の鍛錬のため、安中城門から碓氷峠の熊野神社まで走らせました。これは「安政遠足(あんせいとおあし)」と呼ばれ、日本におけるマラソンの発祥と言われています。ゴールしたものには、きゅうりもみ、力餅などが振る舞われたと言われています。現在も「安政遠足侍マラソン」として開催されており、ゴールすると当時と同じように「力餅」が用意されたり、この力餅が入ったうどんも用意されています。走って食べて元気になる。大切なことですね。

EP. 587『@群馬 、其ノ二 - 太巻き持って巻き返し』17 mars 202600:08:56

時間が足りない年度末、巻いて巻いてということで「太巻」そして絹織物の巻物のお話です。いろいろなものが入っている太巻は、しょっぱいものと甘いものが入っていたりして、デザート感覚もあり、お弁当にうってつけです。群馬県桐生市は奈良時代から絹織物で知られていました。特にその名を高めたのは、1600年、関ヶ原の戦いに臨む徳川家康のために、たった1日で1日で2,410疋(着物約4,800着分以上に相当)もの旗絹を織り上げて献上したことです。この迅速な献上により、家康の勝利に貢献したと言われています。現在では、その高度な技術をもとに、桐生市はニットの生産地となっています。市内に残っている織物工場なども見学でき、都内から電車で2時間半ほど。太巻きを一本持って訪ねてみてはいかがですか?

EP. 586『@群馬 、其ノ一 - 備えと共有、そして支援』16 mars 202600:08:54

今日は「備え、共有、そして支援」というお話です。東日本大震災から15年。自然災害は、私たちの暮らしだけでなく、食のあり方も大きく変えてきました。たとえば1783年、群馬の浅間山が噴火し、天明の大飢饉が起こります。東北だけでなく西日本まで作物が育たなくなり、多くの人が苦しみました。この経験から、人々は「食べ物を備える」という意識を持つようになり、さつまいもを育てるなど、飢えに備える知恵が広がっていったんですね。ヨーロッパでも、1755年のリスボン地震をきっかけに、国を超えた支援が行われるようになりました。災害はいつ起こるかわかりません。だからこそ、自分の命を守る備え、そして困った人に分け合う心を持つことが大切なんだと思います。食は生きる基本。だからこそ、いつでも食べ物を少し持っておく、そんな小さな備えを大切にしたいですね。

EP. 585『@上野 、其ノ四 - 考えている暇もないとんかつ』12 mars 202600:08:55

上野に行ったら、とにかく「とんかつ」。とんかつの街・上野には名店が並びますが、中でも「蓬莱屋」はヒレカツ専門店として知られ、大正時代に屋台から店を構えた老舗です。かつて上野には、とんかつの名店が四つありました。ヒレカツの「蓬莱屋」、カツサンド発祥とされる「井泉本店」、明治38年創業の「ぽん多本家」、そして今は幻となった「双葉」。蓬莱屋のヒレカツは、濃いめにこんがりと揚がる独特の衣が魅力。小津安二郎作品にちなんだ「東京物語御膳」もあり、上野らしい文化の香りが食卓に重なります。上野にはロダンの「考える人」がいますが、ここでは考えている暇などない。上野の一皿は、日本の洋食史そのものを、熱々の定食として差し出してくれます。

EP. 584『@上野 、其ノ三 - ランチはモネ?ル・コルビュジエ』11 mars 202600:08:56

上野の国立西洋美術館でランチをしませんか? 美術館併設されている「CAFÉすいれん」というレストランは、美術館に入らなくても利用することができます。名前すいれんは、フランスの印象派の画家・モネの有名な作品「睡蓮」にちなんだもの。モネは日本の浮世絵などにも影響を受け、コレクションもしておりました。国立西洋美術館の所蔵品の基礎は、このモネからも直接、作品を買ったという、初代「川崎造船所」社長・松方幸次郎が集めたものです。その数、およそ10,000点とも言われていましたが、第二次大戦中、フランスに置いておいたものは、敵国ということで没収されてしまいました。戦後、フランスが美術館を建てること、その建築をフランスの建築家ル・コルビュジェに任せることを条件に返還されました。「CAFÉすいれん」のメニューには、その印象的な建物を表現した「ル・コルビュジエ ランチプレート」があります。国立西洋美術館の物語を感じながら食べるみるのもいいかもしれません。

EP. 583『@上野 、其ノ二 - 竹の皮で包むおにぎり』10 mars 202600:08:55

上野動物園におにぎりを持って出かけてみませんか。園内には、持ち込んだお弁当を食べる場所もあり、童心に帰る場所でもあります。園内には約300種2500頭の動物が飼育されています。感覚を研ぎ澄まして、声、匂い、色を感じながら回ると、やっぱりお腹が空きます。おにぎりは、ちょうど季節の筍の皮で包んで持っていきます。筍の皮には「抗菌作用」があり、それだけでエコロジーな感じです。食べていると、フランス人観光客が「それ、どこで買えるのですか」と話しかけてきました。ひとつあげると感激していました。おにぎりはコミュニーケーションの道具にもなります。また、アートのアイデアを見つけるためにも、時々行くと大きな刺激になります。

EP. 582『@上野 、其ノ一 - 精養軒から彌生軒、洋食から定食』09 mars 202600:08:54

西洋料理の草分け「上野精養軒」は、明治時代の文明開化の只中で生まれてきたレストランです。創業者は、北村重威さん。政治家の岩倉具視に使えていた人で、築地精養軒を創業したあと、岩倉の進言もあって、上野公園のオープンに合わせて、本格的なフランス料理を提供する「上野精養軒」を開くことになりました。この「精養軒」の二代目料理長をつとめたのが、プレナスの創業者・塩井末幸さんの祖父にあたる塩井民次郎さんという人。1886(明治19)年、日本橋区南茅場町(みなみかやばちょう)に、西洋料理店「彌生軒(やよいけん)」を開業しました。ここから、「洋食」が、日本橋から全国へ、「フルーコース」から「毎日の定食」へと受け継がれて行くことになりました。

EP. 581『@春の味 、其ノ四 - 春の苦み、頂きます!春の苦み、頂きます!』05 mars 202600:08:54

荒川や隅田川の土手に、つくしが顔を出す季節。つくしは“土の筆”と書くように、土を割って伸びる春の使者。節についている茶色い「はかま」を丁寧に外し、アクを抜く手間が必要です。2~3センチほどの若いものを選び、オムレツにすると、ほろ苦さが卵の甘みと重なり、この時期だけの味わいになります。もうひとつの春の苦味、ふきのとう。「薹が立つ」という言葉は、旬を過ぎることのたとえですが、だからこそ“今”が食べ頃。摘んですぐ天ぷらにし、塩だけでいただけば、口いっぱいに広がるほろ苦さが、体に春を知らせてくれます。今しか味わえない苦味。薹が立つ前に、春の一口をいただいてみませんか。

EP. 580『@春の味 、其ノ三 - 海苔は俳句の味がする』04 mars 202600:08:55

海苔、召し上がってますか? 実は「海苔」は江戸っ子が発明したものです。江戸時代、大森や品川の遠浅だった海で採れた海苔を、浅草で製品化したものです。この海苔、松尾芭蕉は好きで食べていました。48歳の時に訪れた大津(滋賀県)でのりを食べた芭蕉は、海苔に付いた砂まで食べてしまいこんな句を詠んでいます。「衰ひや 歯に喰ひ当てし 海苔の砂」。海苔の砂を噛んでしまったことで、自分の衰え、年老いたことを実感する句です。この句の2年後に芭蕉はなくなります。また芭蕉の弟子の其角も、「行く水や 何にとゞまる のりの味」と海苔の味を表現した句を残しています。光の粒のような白いご飯に黒い海苔を乗せると「俳味」(俳句の味わい)がします。

EP. 579『@春の味 、其ノ二 - カタクリ、キュッキュッ』03 mars 202600:08:55

片栗粉は、袋に入れて手で揉むと「キュッキュッ」と音がします。片栗粉の原料となる「カタクリ」は、「春の妖精」と言われる紫の美しい花を咲かせます。かつては、どこにでもあった植物ですが、今は見かけることはほとんどなくなりました。料理で使う「片栗粉」も、今ではカタクリを原料としたものでなく、じゃがいものデンプンになってしまいました。カタクリの名前の由来は、地下に埋まっている「球根」か栗を半分に割った形に似ているという説があります。鴨肉のすき焼きなどでは、鴨肉に片栗粉をまぶして味を閉じ込める役割をします。この肉に、冬の味、ゆずこしょうを塗って食べると、冬から春へ。鴨が北に向かって飛び立つようなあじがします。カタクリがちょっとした「味のジャケット」になっているようです。

EP. 578『@春の味 、其ノ一 - 竹の子御飯には、木の芽』02 mars 202600:08:54

「竹の子の炊き込みご飯」、美味しいですよね。タケノコを取ってきたら、大きなお鍋に「竹の子」がたっぷり浮かぶぐらいにお水を入れて「米ぬか」を加えて、ぐつぐつ煮て、冷やすと「竹の子」のあく抜きができます。この「米ぬか」というのは玄米を精米する時に取り除かれる外皮の部分、そして「胚芽」と呼ばれるところ。お米を守る栄養の塊ですけれども、これがタケノコのえぐみアクと呼ばれる部分をよく取り除いてくれるんです。お米の力ってすごいですよね。そして、「たけのこ炊き込みご飯」のおいしさを引き出してくれるのが「木の芽」ですね。山椒の葉っぱを手のひらに置いて乗せて叩くと、山椒の香りがふわっと手のひらから広がっていきます。3月、芽が吹き出す命の美味しさを味わって、元気をもらいませんか?

EP. 577『@日本の味 、其ノ三 - 醤油バター or 味噌バター』26 févr. 202600:08:53

「新じゃがの季節」が近づくと、思い出すのが「じゃがバター」。ほくほくの新じゃがにバターをのせ、さらに醤油を一滴垂らせば、香りは一気に“日本の味”へと変わります。バター醤油は、和と洋が出会った軽やかな調和。一方、味噌バターはまろやかで奥深く、余韻が長く続く「滞在型」の味わい。サーモンやタラ、ホタテを野菜とともに包み焼きにすれば、体の芯まで染み込むようなコクが広がります。調味料の違いが料理の印象を大きく変える、日本の食文化の奥深さを感じさせます。季節は冬から春へ。新じゃがの香りとともに、醤油バターか、味噌バターか。好みの一皿で、新しい季節を迎えてみてはいかがでしょうか

EP. 576『@日本の味 、其ノ二 - 昆布だし・かつおだし』25 févr. 202600:08:56

日本の文化には大別すると「昆布だし」と「かつおだし」 の2種類。「昆布だし」は「京都の文化」、一方「かつおだし」は「江戸の文化」と言えると思います。昆布は、江戸時代にはじまった「北前船」で、北海道から京都に持ち込まれたことで、日本の食文化に大きな影響を与えました。これに対して「昆布だし」は、控えめで素材の味をおいしく「演出」。「かつおだし」はその(味の)場を盛り上げるような華やかに味を引き立ててくれます。この2つを合わせて使うと際立つ旨味に。この味の具合がわかるようになると「大人」と言えるのかも知れませんね。


EP. 575『@日本の味 、其ノ一 - 江戸の味・佃煮チカチカ』24 févr. 202600:08:54

東京都中央区佃島に住んでいる友人チカチカという女性から年末佃煮をいただきました。元祖佃煮「天安本店」と箱に書いてありました。天安は創業1837年、100年以上の歴史の厚みが効いて、あらゆる素材の味が染み込んでいる味なんですね。佃煮は、元々、佃島で作られていたお惣菜です。江戸時代1603年に、徳川家康が江戸を開幕した時、大阪から連れてきた33人の人たちが、この佃島に住んで、大奥のために江戸湾でお魚を取って納めていたのがはじまりだとか。お魚を煮込んで保存食として江戸城に納めていたんですね。


プレナスでは、3月7日土曜日、茅場町オフィスで

巨大アート“棚田の四季”観覧会と 棚田米の試食イベントを開催します。

午前10時30分からと午後2時30分からの2回

参加は無料、定員は それぞれ30名です。

ご応募は、プレナスの公式ホームページのニュースリリースからどうぞ!

https://tanadanoshiki0307.hp.peraichi.com/

EP. 574『@鈴鹿 、其ノ四 - 名物・鈴鹿といえば椿こんにゃく』19 févr. 202600:08:55

鈴鹿の名物といえば「椿こんにゃく」。

こんにゃく芋の名産地は群馬県ですが、鈴鹿では名産ではなく“名物”として親しまれてきました。鈴鹿川の清らかな水は、こんにゃくのアク抜きに最適。鈴鹿市の椿大神社の信仰と結びつき、「椿」の名が付いたこんにゃくは、旅人たちの腹持ちの良い食として愛されてきました。伊勢へ向かう参詣道の途中、鈴鹿越えを前に力を蓄える。その実用性が、名物としての歴史を育てたのです。

EP. 573『@鈴鹿 、其ノ三 - 茶飲み友達広げた 伊勢茶』18 févr. 202600:08:54

「茶飲み友達」いらっしゃいますか? 鈴鹿はお茶の名産地でもあります。伊勢茶と呼ばれ、平安時代に弘法大師が伝えたという伝説もあり、歴史あるお茶です。特に江戸時代からは、「御師(おんし・おし)」と呼ばれる人たちが、全国へ伊勢神宮への参拝を広めていくのに合わせ、伊勢茶も全国に普及していきました。いわば、全国に茶飲み友達を作ったということかもしれません。特に伊勢茶は、収穫の直前に日光を遮ってしまう「かぶせ茶」という栽培法で、旨味成分のテアニンが豊富に含まれています。こうした旨味豊かなお茶だったことも全国に「茶飲み友達」を増やした要因だったかもしれません。

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